DXとは、デジタルトランスフォーメーション(英語表記:Digital transformation)を省略した言葉で、「デジタルによる変革」を意味します。
2004年に、スウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念で、「進化し続けるデジタル技術が人々の生活に浸透することで、その生活があらゆる面でよりよいものへと変革されること」と定義されています。
ビジネスシーンにおいては、元の定義に企業視点での解釈が加えられ、「企業がデジタル技術を活用した自らの変革を通して、新たな価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」などと定義され、使われています。
しかし、ビジネスシーンにおける定義は、様々な組織により、様々な解釈がなされており、現状、一つに定まっているものではありません。
コロナ禍により、非接触型の業務遂行やサービス提供のニーズが急激に高まった現在、あらゆる企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応を迫られています。今回は、最低限知っておきたい、DX(デジタルトランスフォーメーション)の基礎知識や事例を、幅広くお伝えできればと思います。
目次
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省略したら「DT」では? 「X」はどこからきたのか
DX(デジタルトランスフォーメーション)について、まず疑問に思うのは、その言葉の省略の仕方なのではないでしょうか。
デジタルトランスフォーメーションの英語表記である「Digital transformation」を省略した場合、我々日本人は「DT」とするのが自然だと考えることと思います。
しかし、実際の省略形は「DX」です。いったい、「X」はどこからやってきたのでしょうか。
結論から言うと、英語圏において、「transformation」の接頭辞である「trans-」は、「X」と省略するのが一般的となっているのです。
「trans-」は、「across」と同様に、「~の向こう」、「~を横切って」などの意味を持ちます。そのため、一本の線を、もう一本の線が向こう側に横切ってできる「X」という文字が、慣習的に省略形として使われるようになったのです。
そのため、「Digital transformation」も「DX」と略されています。
DXのビジネスシーンにおける定義
ビジネスシーンにおいて、組織ごとに様々な解釈がなされているDX(デジタルトランスフォーメーション)の定義について、代表的なものを見ていきたいと思います。
日本の経済産業省は、2018年のDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に関する資料の中で、以下のように定義しています。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
経済産業省は、上記の定義を行う前の資料において、IT専門調査会社であるIDC Japan株式会社による以下の定義を引用しており、定義を決める際の参考にしていると考えられます。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォームを利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
これらの内容を簡単にまとめると、ビジネスシーンにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、「企業がデジタル技術を活用した自らの変革を通して、新たな価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」だと言うことができます。
DXとデジタルシフトの違い
DX(デジタルトランスフォーメーション)に近しい概念の言葉として、「デジタルシフト」があります。
デジタルシフトとは、企業が、経営、生産、マーケティング、採用、教育、財務などの諸活動から、ビジネスモデルそのものに至るまで、あらゆる企業活動をデジタル化していくことを意味します。
企業がデジタル化を進めるという点では同じ意味合いであるため、多くの文脈において、DX(デジタルトランスフォーメーション)とデジタルシフトは同様のものと扱われていますが、以下のようなニュアンスの違いがあります。
- DX(デジタルトランスフォーメーション)
- デジタル化を進めることで、人々の生活や社会に変革をもたらすもの
- 社会への影響を含有する広義のデジタル化
- デジタルシフト
- デジタル化を進めることで、企業活動に変革をもたらすもの
- 企業内の施策にとどまる狭義のデジタル化
DXとデジタイゼーション、デジタライゼーションの違い
また、その他にも、DX(デジタルトランスフォーメーション)に近しい概念の言葉として、「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」があります。
デジタイゼーションとは、企業が業務のプロセスをデジタル化し、業務効率化やコスト削減を目指すことを意味します。
デジタライゼーションとは、企業がデジタル技術を活用し、新たな価値の創出や顧客体験を生み出すことを意味します。
DX(デジタルトランスフォーメーション)を含めたこれら3つの概念は、時系列で語ることができます。
まず、企業内の局所的な施策としてのデジタイゼーションを進めた結果として、企業として新たな価値の創出や顧客体験を生み出すデジタライゼーションに発展させることができます。
そして、デジタライゼーションを進めたその先に、社会にも影響を与えることになるDX(デジタルトランスフォーメーション)があるのです。
デジタイゼーション → デジタライゼーション → DX(デジタルトランスフォーメーション)
DXはなぜ必要? 2025年の崖とは
企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進することの主なメリットは以下のとおりです。
DXを推進するメリット
- 業務生産性の向上
RPA(ロボティックプロセスオートメーション)の導入などによる業務の自動化、効率化による生産性の向上が期待できます。
また、その結果として、利益率の向上も期待することができます。 - マーケティング活動の高度化
データ活用による顧客行動やニーズの分析の高度化、MA(マーケティングオートメーション)ツールの導入などによるマーケティング施策の高度化による売上の向上が期待できます。 - BCP(事業継続計画)の充実
コロナ禍により非接触型の業務遂行やサービス提供のニーズが急激に高まった現在、先んじてDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、ビジネスのデジタルシフトを実現していた企業は、コロナ禍のダメージを最小限に抑え、逆に増益したところすらあります。
BCP(事業継続計画)の観点で、DX(デジタルトランスフォーメーション)が重要な役割をはたしたと言えるでしょう。
また、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」が「2025年の崖」と名づけた、2025年までにDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するためのシステム刷新を終えることができなかった場合の、以下のリスクにも注目が集まっています。
DXを推進しないリスク
- 市場の変化に対応できない
爆発的に増加するデータを活用しきれないことで、市場の変化に対応して、ビジネスモデルを柔軟かつ迅速に変更することができずに、デジタル化社会における競争の敗者となるリスク。 - 業務基盤が維持できなくなる
短期的な観点でシステムを開発し続けることで、長期的に保守費や運用費が高騰していく状態に陥り、業務基盤そのものの維持と継承が困難になるリスク。 - システムトラブルやデータ滅失等
もともとのIT人材不足に加え、メインフレームの担い手の高齢化と退職により、保守運用の担い手不在が発生し、サイバーセキュリティや事故、災害によるシステムトラブルやデータ滅失、流出等のリスク。
社会のデジタル化により、もともとその必要性が叫ばれていた中で、新型コロナウイルス感染症の流行がさらに追い打ちをかけた状況だと言えるでしょう。
DXの導入手順と成熟段階
具体的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の進め方、導入手順については、経済産業省が示している「DX推進の枠組みに関する定性指標」から伺い知ることができます。
概要を具体的にまとめると、以下のとおりです。
- ビジョンの共有
DX(デジタルトランスフォーメーション)によって、どのような価値を創出するのか、なぜその取り組みが必要なのかについて、社内外でビジョンを共有します。 - 経営層によるコミットメント
共有されたビジョンを実現するために必要な、組織、人材、予算、人事評価のあり方などを、経営層のリーダーシップのもとで明確化します。 - 仕組みの構築
必要であることが明確になった体制、KPI、人事評価、予算配分、外部連携、人材の育成と確保などの仕組みを実際に構築します。 - 事業への落とし込み
戦略とロードマップを明確にした上で、経営層がリーダーシップを発揮し、現場の抵抗を抑えつつ、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化の改革を持続的に実行していきます。
また、経済産業省は、企業のDX推進の成熟度の目安も公表しています。成熟度のレベルを0から5までの6段階で、以下のように示しています。
- レベル0:未着手
経営層が無関心か、関心あっても具体的な取り組みに至っていない。 - レベル1:全社戦略に基づかない一部部門での実施
全社戦略が不明確な中で、部門単位での試行や実施にとどまっている。 - レベル2:全社戦略に基づく一部部門での推進
全社戦略に基づいて、一部の部門で推進している。 - レベル3:全社戦略に基づく部門横断的な推進
全社戦略に基づいて、複数の部門で横断的に推進している。 - レベル4:全社戦略に基づく持続的な推進
部門横断的な推進が定着し、誤りは見直され、継続的に改善されている。 - レベル5:グローバル市場で優位性を確立
デジタル企業として、グローバル市場で存在感を発揮し、競争で優位性を確立している。
自社の状況を上記に照らし合わせ、その成熟度を評価することができます。
DXの5つの失敗要因と対応策
経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」は、企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する際の5つの失敗要因とその対応策についても、以下のように示しています。
失敗要因1:経営層にビジョンがない
経営層が、既存システムの問題点を把握し、いかに克服していくかのビジョンを描き切れていない。
失敗要因1の対応策
- 経営層がITシステムの現状と問題点を把握し、適切にガバナンスできるように、「技術的負債の度合い、データ活用のしやすさ等の情報資産の現状」と「既存システム刷新のための体制や実行プロセスの現状」を見える化する。
- 経営層がITシステムの現状と問題点を把握し、適切にガバナンスできるように、中立的で簡易な診断スキームを構築する。
失敗要因2:各関係者の役割の未達成
以下の例に挙げられるように、各関係者が、既存システム刷新に際し、果たすべき役割を担えていない。
- 経営層に強いコミット力がなく、現場の抵抗を抑えられない。
- 情報システム部門がベンダー企業の提案を鵜呑みにしがちである。
- 事業部門がオーナーシップをとらず、できたものに不満を言う。
失敗要因2の対応策
- 「DX推進システムガイドライン」を策定し、既存システムの刷新や新たなデジタル技術を活用するに当たっての「体制のあり方」、「実行プロセス」等を提示する。
- 「DX推進システムガイドライン」を策定し、経営者、取締役会、株主等のチェックリストとして活用する。
失敗要因3:経営層のコスト忌避
経営層が、既存システム刷新の長期間に渡る多大なコストを忌避する。
失敗要因3の対応策
以下の挙げられるような、ITシステム構築におけるコストとリスク低減のための対応策を実施する。
- 刷新後のシステムが実現すべき、変化に迅速に追従できるシステムのゴールイメージを共有する。
- 不要なシステムを廃棄し、刷新前に軽量化する。
- 刷新におけるマイクロサービス等の活用を実証し、細分化により大規模、長期に伴うリスクを回避する。
- 協調領域における共通プラットフォームの構築により、割り勘効果を生み出す。
失敗要因4:ベンダー企業と新たな関係が築けない
DXの取り組みを経て、ユーザー企業とベンダー企業のあるべき姿が変化するが、以下に挙げられる理由から、両者が新たな関係を築けない。
- ユーザー企業がベンダー企業に丸投げとなり、責任はベンダー企業が負うケースが多い。
- 要件定義が不明確となり、契約上のトラブルになりやすい。
- アジャイル開発等、これまでの契約モデルで対応しきれないものが出てくる。
失敗要因4の対応策
- システムの再構築やアジャイル開発に適した契約ガイドラインの見直しを行う。
- アプリケーション提供型の活用などを検討する。
- モデル契約に、トラブル後の対応としてADR(裁判外紛争解決手続)の活用を促進する。
失敗要因5:DX人材の不足
以下に挙げられるように、ユーザー企業側もベンダー企業側もDX(デジタルトランスフォーメーション)人材が不足している。
- ユーザー企業で、ITで何ができるかを理解できる人材が不足している。
- ベンダー企業で、既存システムの維持と保守に人員と資金が割かれ、クラウド上のアプリ開発等の競争領域にシフトしきれない。
失敗要因5の対応策
- 既存システムの維持、保守業務からIT人材を解放し、DX(デジタルトランスフォーメーション)分野に人材シフトする。
- アジャイル開発の実践による事業部門人材のIT人材化を進める。
- スキル標準、講座認定制度による人材育成を行う。
DXの企業の成功事例
様々な失敗要因をくぐり抜け、実際にDX(デジタルトランスフォーメーション)に成功した企業をその事例をご紹介します。
アマゾン・ドット・コム
アマゾン・ドット・コムは、DX(デジタルトランスフォーメーション)に成功した代表的な企業です。
もともとは本屋のオンライン化を出発点として、いまや生活雑貨から電化製品、映画や音楽のコンテンツ配信まで、あらゆるものをオンライン上で購入できるサービスを展開するに至りました。
競合他社に対して優位性を確立しただけではなく、人々の生活をより便利にし、その生活様式に変革をもたらしています。
ナイキ
スポーツ用品メーカーであるナイキは、顧客によるアプリへの会員登録を通して、オンライン販売の強化だけにとどまらず、実店舗における試着室の予約や靴のサイズの予約、列に並ばずにアプリで支払いが可能となる仕組みの導入などにより、新たな顧客体験の創出に成功、顧客ロイヤルティーと売上を増加させました。
ターゲット
ターゲットは、アメリカの老舗の総合スーパーマーケットです。全米で約1,900店舗を展開しています。
ターゲットが開始した、オンラインで商品を注文し、近くの店舗で受け取れるサービスは、指定された駐車場に停車すると、その場所まで店員が商品を届けてくれることから、新型コロナウイルス感染症の流行拡大により店舗への立ち入りに心理的な抵抗がある消費者に受け入れられています。
DXに必要なテクノロジー
最後に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の実現に必要な各種テクノロジーについてご紹介しておきます。
AI(エーアイ)
「Artificial Intelligence」を省略した言葉で、「人工知能」と訳されます。
明確な定義は定まっていませんが、一般的には、人間の学習、推論、判断などの知的な行動をコンピューターで人工的に再現したものだと言うことができます。
IoT(アイオーティー)
「Internet of Things」を省略した言葉で、「モノのインターネット」と訳されます。
パソコンやスマートフォンといったインターネットとつながっていることが当たり前のモノ以外の、照明器具、エアコン、冷蔵庫、掃除機、洗濯機、スピーカー、カメラなどといった家電や、自動車、腕時計、メガネ、衣服などのモノをインターネットとつなぎ、遠隔操作やモニタリングなどを可能とする技術です。
利便性が強調される反面、インターネットなどを介してハッキングをされた際の危険性も指摘されています。
5G(ファイブジー/ゴジー)
「第5世代移動通信システム」のことを意味します。
英語の「5th Generation」の略称です。それまでの1Gから4Gまでの通信システムと比べ、高速大容量、高信頼低遅延、多数同時接続であることが特徴とされています。
国際電気通信連合が定めた標準規格であり、IMT-2020の名称で国際標準化が進められています。そのため、IMT-2020と同じ意味で使われることがあります。
詳しくは、以下の記事をご参照ください。