退職代行とは、会社を退職したい本人に代わり、依頼を受けた業者が会社との間で退職の手続きを行ってくれるサービスを意味します。
退職する本人が、会社の上司とも人事部署とも連絡をとることなく、退職することができるのが特徴です。
本来、退職は、労働者側からの一方的な意思表示により行使できる法的に守られた権利であり、会社側の承認も必要なく、わざわざ代行業者が出る幕などないはずです。労働者が会社に辞めると伝えればそれで終わりなのです。
しかし、「退職の意思を伝えても上司から執拗な引き止めを受ける」、「パワハラが横行していて退職を言い出せる雰囲気ではない」、「会社が退職者に対して脅迫や嫌がらせを行っている」など、労働者の権利をないがしろにするブラック企業が存在するのも事実です。
そのような退職したくてもできない人たちにとって、退職代行はつらい現状から抜け出すための助けとなるサービスだと言えるでしょう。
一方で、退職の条件交渉には、法律の専門的な対応が必要になることもあり、代行業者の選び方を間違えると、思わぬトラブルに見舞われる可能性があります。
そこで今回は、退職代行サービスを利用する前に知っておきたい基礎知識から、利用時のトラブルや失敗の具体例、そもそもの使うべき人と使うべきでない人の考え方などについてご紹介します。
目次
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退職代行の利用は法律的に問題ないのか
そもそも、「退職」という行為を他者に委託すること自体に問題はないのでしょうか。
結論から言うと、きちんと適切な相手に委託するかぎりは、法律的な問題は発生せず、正当な行為として認められます。
それでは、問題なく退職手続きを委託できる「適切な相手」とは、いったい誰なのでしょうか。それを理解するには、退職代行で発生する可能性のある委託内容を、以下の3つに分類して考える必要があります。
- 退職届の提出などの会社への退職意思の伝達
- 退職金や有給休暇消化などの退職条件の交渉
- 損害賠償請求などの訴訟への対応
これらの「退職意思の伝達」、「退職条件の交渉」、「訴訟への対応」は、それぞれ委託することができる相手が法律によって定められています。
委託内容と委託が可能な相手、実際に委託内容が発生する可能性を表にすると、以下のようになります。
委託内容 | 委託可能相手 | 発生する可能性 |
---|---|---|
退職意思の伝達 | 誰でも可 | 絶対に発生する |
退職条件の交渉 | 弁護士、労働組合 | たまに発生する |
訴訟への対応 | 弁護士のみ | めったに発生しない |
表の記載内容について、委託内容ごとに詳しく見ていきたいと思います。
退職意思の伝達
退職するためには、退職届を提出するなどの手段で、必ず会社側に労働契約の終了を通達する必要があります。
退職代行サービスを利用する際には、その退職意思の伝達を委託業者に代わりに行ってもらうことになります。
この行為に関しては、法律上、何の資格も保有していない一般的な企業に対しても委託することができます。
そして、ほとんどの場合、この対応だけで退職手続きは完了します。
退職条件の交渉
退職金の支払いや有給休暇の消化などについては、就業規則や法律で定められているものであり、通常、退職に際して会社側と交渉することはありません。
しかし、ルール無用のブラック企業に理屈は通用しないものです。法律を知らないのか、退職者に対しての嫌がらせなのかはわかりませんが、退職金の支払いを拒否したり、有給休暇の消化を認めない会社もいることは確かです。
そのような場合、退職手続きを代行してくれている業者に、退職金の支払いや有給休暇の消化などの退職条件の交渉もお願いしなければならなくなります。
ところが、退職条件の交渉は、法律上、「法律事務」と呼ばれる、原則的に弁護士資格を持つ人間でないと報酬を得て代行してはならない「非弁行為」となっています。
もし、弁護士資格を保有している人間のいない一般的な企業に退職代行を依頼しているときに、退職条件の交渉の必要性が発生した場合、そのままその業者に委託すると法律違反になってしまうため、結局自らが対応しなければならなくなります。
なお、法律上、会社との団体交渉権を持つ労働組合も、会社側との退職条件の交渉が可能との主張を、弁護士資格を保有していない業者がしていますが、本来法律が規定している団体交渉権は、退職代行業におけるこのような運用を想定してはいないものです。
退職代行において、退職条件の交渉を労働組合が行うことは、法律違反ではありませんが、本来の法律の趣旨に沿っていない、法律の隙間をぬったものだということだけは覚えておくことをおすすめします。
訴訟への対応
退職者が退職することによって損害を受けたとして、退職者に対して損害賠償請求などの訴訟を起こす会社もごくまれに存在しています。
退職者側にはもちろん、会社側にも何のメリットもない行為ですが、利益を度外視した私怨などにより発生することがあります。
このような場合は、もはや弁護士に頼るしかなくなります。弁護士が運営している退職代行サービスを利用していれば、このような万が一の場合にも安心だと言えるでしょう。
退職代行業者の3タイプとそれぞれの金額感
退職代行業者は、前項でご紹介した委託の対応可能範囲により、「弁護士系」、「労働組合系」、「一般企業系」の3つのタイプに分類することができます。
それぞれの系統について、対応可能範囲のおさらいと金額感(費用感)、具体的なサービス例をご紹介します。
弁護士系の退職代行サービス
弁護士系の退職代行サービスは、「退職意思の伝達」、「退職条件の交渉」、「訴訟への対応」のすべての対応が可能です。
ただし、その委託費用は平均して5万円前後と、他に比べて高い傾向にあります。安心を担保するための費用だと考えるとよいでしょう。
労働組合系の退職代行サービス
労働組合系の退職代行サービスは、「退職意思の伝達」、「退職条件の交渉」は対応可能ですが、万が一の「訴訟への対応」はできません。
また、法律上、「退職条件の交渉」も対応できないはずだという意見も一部存在しています。
通常であれば、「退職意思の伝達」だけで対応が終わるため、対応範囲が問題となるケースはあまりありません。
委託費用は平均して3万円前後と平均的な金額となっています。
一般企業系の退職代行サービス
一般企業系の退職代行サービスは、「退職意思の伝達」は対応可能ですが、「退職条件の交渉」や「訴訟への対応」はできません。
通常であれば、「退職意思の伝達」だけで対応が終わるため、対応範囲が問題となるケースはあまりありません。
委託費用は平均して2万5千円前後と、他に比べて安い傾向にあります。対応範囲が狭い分、安くなっていると言えます。
退職代行サービス利用時の進行イメージ
退職代行サービスを利用した際の進行は、大まかに以下の流れとなります。
- LINEや電話、Webフォームで退職代行業者に問い合わせをします。
- 退職代行業者より確認の連絡があり、委託費用の入金を行います。(退職完了後に入金の場合もあり。)
- 退職代行業者から必要なヒアリングが行われ、用意すべき書類やデータなどの案内があります。
- 退職代行業者が会社側と退職手続きを行います。
- 退職代行業者より退職手続きが済んだ旨の連絡があり、会社から離職票や私物が送られてきます。
基本的には、退職者本人が会社の上司や人事部署と連絡を取ることは最後までありません。
退職代行サービス利用時のトラブル・失敗例
ブラック企業から労働者を助けてくれる退職代行サービスですが、以下のようなトラブルや失敗の事例も存在しています。
- 退職できない
- 会社から連絡がくる
- 退職金や有給休暇消化が取り上げられてしまう
- 懲戒解雇されてしまう
- 損害賠償請求をされてしまう
- 転職に不利になってしまう
それぞれの内容について、詳しく見ていきたいと思います。
なお、ほとんどの事例が、法律的な知見があり、代理人としての責任を理解しており、あらゆるトラブル対応に慣れている弁護士系の退職代行サービスに依頼することが対処法となってきます。
退職できない
最も懸念しなければならないことは、退職代行サービスを利用したにもかかわらず、結局退職することができずに、自分で退職手続きを行うことになる事態です。
しかし、そのような事態に陥る利用者は少なくありません。
一般企業系の退職代行サービスに依頼していた際に、「退職条件の交渉」が必要となり、それ以上の対応ができなくなってしまうケースや、仕事をまっとうしない無責任な業者に依頼してしまったケースなどが考えられます。
退職代行業は、2018年頃から多くの業者が参入し始めた比較的新しい業態であり、無責任な業者もそれなりに存在しています。
退職代行業者の中には、大事な情報を意図的に隠してサービスを利用させようとしたり、インターネット上に良い口コミ情報を自作自演で投稿したりするところも存在しています。
退職代行サービスの紹介ページから情報を得るときには、退職成功率100%等の耳障りの良い文言をそのままに受け取らず、失敗した際の全額返金保証制度により、返金した分は失敗に含まないという理屈が使われているのではないかなど疑ってみた上で、インターネット上の実際の利用者による口コミ情報も参考にしてみることをおすすめします。
そして、口コミ情報を参考にするときには、似たような良い評判が悪い評判を隠すように多数投稿されていないかに注意し、どちらかというと悪い評判の方に注目するようにしましょう。
会社から連絡がくる
会社と連絡を取り合わずに退職がしたいから退職代行サービスを利用しているのにもかかわらず、絶えず会社から連絡がくるケースはめずらしくありません。
退職代行業者が、代理人として責任を自覚し、前面に立ってくれないかぎり、発生する問題となります。
退職金や有給休暇消化が取り上げられてしまう
一般企業系の退職代行サービスに依頼していた際に、会社側が退職金や有給休暇消化を取り上げようと画策し、「退職条件の交渉」が必要となってしまうと、会社側の提示する条件をそのまま受け入れる結果になりかねません。
あまりないことではありますが、念頭に置いておく必要があります。
懲戒解雇されてしまう
退職代行サービスを利用したからといって、懲戒解雇処分を下すのは、法律的に正当性が認められない行為です。
しかし、ルール無用のブラック企業はそのようなことも平気で行ってきます。
そのような場合は、労働者としての権利を勝ち取るために、法律的な闘争が必要となってしまうでしょう。
損害賠償請求をされてしまう
退職者が退職することで、会社に損害が発生するとして、損害賠償請求をされてしまうケースもごくまれにあります。
退職者側にはもちろん、会社側にも何のメリットもない行為であり、利益を度外視した私怨であることがほとんどです。
転職に不利になってしまう
退職代行サービスの利用は、市民権を得ているとは言い難く、社会的にネガティブなイメージを持たれています。
狭い業界で働いている場合に、退職代行サービスを利用して退職したことが広まれば、転職に不利に働くことは十分に考えられます。
退職代行サービスを使うべき人・使うべきでない人
様々なリスクもともなう退職代行サービスの利用は、最後の手段です。利用しないで、円満に自身の手で退職できるに越したことはありません。
それでは、退職代行サービスは、どのような場合に利用すべきなのでしょうか。
退職代行サービスを使うべき人
「退職の意思を伝えても上司から執拗な引き止めを受ける」、「パワハラが横行していて退職を言い出せる雰囲気ではない」、「会社が退職者に対して脅迫や嫌がらせを行っている」など、自分一人の力で退職することが難しい状況に置かれている人は、退職代行サービスを利用することをおすすめします。
人は、会社や上司、同僚のために働いているわけではなく、自分自身の人生を幸せに生きるために働いているのです。
本来、退職は、会社側の承認すら不要な、労働者側からの一方的な意思表示により行使できる法的に守られた権利です。違法に退職を妨げるような会社への迷惑など考える必要はありません。
民法第627条第1項
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
退職したくてもできない状況で、正常な判断ができなくなるまで追いつめられてからでは手遅れになってしまいます。
我慢して働き続けることの危険性については、以下の記事にまとめてあります。ご参照ください。
退職代行サービスを使うべきでない人
上記の「退職代行サービスを使うべき人」に該当しない人は、原則として退職代行サービスの利用は行わない方がよいでしょう。
きちんとした業者に依頼すればその可能性はほとんどないとは言え、退職代行サービスの利用には、会社側と散々もめた末に結局自分自身の手で退職の手続きを行わなければならなくなったり、会社から損害賠償請求の訴訟を起こされたり、懲戒解雇処分などの嫌がらせを受けたりするリスクが存在します。
また、退職代行サービスの利用は、会社側から退職者に対して、ネガティブな感情が生まれることは間違いありません。引き継ぎなどの面で迷惑をかけることになる元同僚たちとの人間関係の維持も難しくなるでしょう。
その場合、アルムナイ採用と呼ばれる退職者の再雇用制度の利用や、元同僚の人脈を頼った転職の道は閉ざされ、将来のキャリアプランがいくらか狭まってしまいます。
自身の人生の長期的な幸せのために、どうしても退職代行サービスを利用する必要がある場合以外は、まずは上司に退職したい旨の相談をし、会社のルールに則って退職の手続きを進めることをおすすめします。
なお、退職届や退職願の書き方など、退職代行サービスを利用しない場合の退職に役立つ情報を、以下の記事で詳しくご紹介しています。ご参考にしていただければ幸いです。
会社として退職代行を使われないために
ここまで、退職代行サービスを利用する労働者の側の視点から様々な情報をご紹介してきましたが、使われる会社の側からすると困ってしまうのが実情です。
会社として退職代行を使われないためにはどうしたらよいのでしょうか。
その対処法は、会社として当たり前に行うべきことをしっかりと行うことです。日ごろから法令などのコンプライアンスを遵守し、労働者の権利を尊重し、パワハラなどが発生しない職場環境を整備しておきましょう。
労働者も、誰も好き好んで何万円もの費用を支払って、会社と敵対するような真似をしたいとは思いません。
労働者が退職代行サービスを利用するということは、それだけ会社がその人のことを追いつめていたと理解する必要があります。
労働者をそこまで追いつめた会社の土壌を見直し、再発防止に努めることをおすすめします。