ロジハラ(ロジカルハラスメント)とは? 意味と具体例と何が悪いのか

ロジハラとは、ロジカルハラスメント(logical harrassment)を省略した言葉で、正論や論理的な言論によって、相手を精神的に追いつめるハラスメント(嫌がらせ)を意味します。

一方で、「正論や論理的に話をすることの何が悪いのか」、「ハラスメントと言われることが理解できない、意味不明」、「なんでもかんでもハラスメントにするな」などの声も聞かれます。

職場においては、組織で行動する以上、あらゆる場面で意思の統一や合意形成が必要とされ、複数人での議論は必要不可欠です。そこで正論を言われ、自分の意見がおさえこまれたことで、嫌な気持ちになったからといって、それが即ハラスメントとされていては、仕事が前に進まないのも事実です。

やはり、ロジハラは、意味不明で不要なものなのでしょうか。いいえ、それはロジハラの基準が明確になっていないがゆえの、短絡的な結論だと言えるでしょう。

今回は、ロジハラの基準を明確にした上で、ロジハラの正しい考え方について見ていきたい思います。

目次

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ロジハラの基準を明確にする

職場におけるロジハラは、パワハラ(パワーハラスメント)の一種だと考えることができます。

そのため、ロジハラの基準を考えていく際には、パワハラの定義が参考になります。

厚生労働省によるパワハラの定義を要約すると、以下のようになります。

職場において、職務上の地位や権力、人間関係上の優位性を背景として、業務上の適正な範囲を超えて、相手に精神的、身体的苦痛を与える行為。または、そのような行為を通じて、職場環境の悪化をまねくこと。

重要なのは、「業務上の適正な範囲を超えて」という部分になります。逆を言えば、「業務上の適正な範囲内」であれば、相手に苦痛を与えたとしても、それはハラスメントに該当しないのです。

この基準は、パワハラの一種であるロジハラにも適用されると考えるのが妥当でしょう。

業務上の適正な範囲内での指導や議論において、正論や論理的な言論を相手に投げかけることは、相手側の心情に関わらず、ロジハラに該当することはなく、妨げられるものではありません。

「業務上の適正な範囲を超えて」のさらに具体的な内容については、厚生労働省が以下のような例を挙げているので、合わせてご参考にしていただければ幸いです。

  • 業務上明らかに必要性のない行為
  • 業務の目的を大きく逸脱した行為
  • 業務を遂行するための手段として不適当な行為
  • 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為

ロジハラの具体例

それでは、実際にどのような言動がロジハラに該当するのか、具体例を見ていきたいと思います。

部下や後輩への指導時

部下や後輩への指導時における以下のような行為は、指導の目的を達成する方法として妥当性がなく、ロジハラに該当すると言えます。

  • 成長につながらない生産性のない詰問
  • 反省を促すためとの名目の追求
  • 精神的苦痛を与えることが目的だと客観的に受け止められる内容、頻度の指導

指導とは、どうしたら改善することができるのかを一緒になって話し合い、考える行為です。

一方的に、自分が正しいと思っていることを投げつけ続ける行為は、支配欲や攻撃欲が満たされ気持ちがよいのでしょうが、指導とは呼べません。

会議において

会議における以下のような行為は、生産的な結論を導き出すという会議本来の目的を逸脱しており、ロジハラに該当すると言えます。

  • 反対意見を封殺する目的の生産性のない発言
  • 特定の人物をつるし上げることを目的とした発言
  • 会議の主導権を握ることだけを目的とした発言

会議は、マウントを取って気持ちよくなるための場所ではありません。仕事を効率的に前に進めるために、意思の統一や合意形成を行う場であることを忘れないようにしましょう。

ロジハラに対する世間の声

ロジハラは、「正論や論理的な言論によって、相手を精神的に追いつめる行為」という側面だけを切り出されて、「正論や論理的に話をすることの何が悪いのか」などと、その言葉、考え方が存在すること自体に、世間から批判の声が上がっています。

記憶に新しいところでは、2020年10月11日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)でロジハラが取り上げられた際に、ダウンタウンの松本人志氏が「ようするに勝つなってこと?」、「本当に意味がわからない」、「本当にめちゃくちゃ」、「早く終われ」などと発言をしています。

ロジハラは、あくまで、「業務上の適正な範囲を超えて」行われる、「社会通念上明らかにおかしい」行為に対してのみ使われる言葉です。

それは、「正しいことを言っているから自分は悪くない」と自己正当化をし、業務上の適正な範囲を超えたハラスメント行為に手を染める人たちを戒めるために生まれた考え方なのです。

そんな卑怯者を一人でも減らすためにも、言葉の定義を正しく捉え、活用していくことが望まれます。

ロジハラが誤解される背景

ロジハラという言葉は、なぜ誤解され、バッシングを受けることになったのでしょうか。

その理由は、大きく以下の2点にあると考えられます。

  1. 論理的否定の人格否定との同一視
  2. セクハラ基準との混同

それぞれについて、詳しく見ていきたいと思います。

1. 論理的否定の人格否定との同一視

人は、自身の言動を否定されることを好みません。それは、自尊心やプライドを傷つけられることを避けたいという、自己の精神の安定を保つための防衛本能が備わっているからです。

仕事上の指導や会議において、業務上の適正な範囲で、自身の言動が否定された際も、それを業務上必要なことだと割り切ることができずに、自身の人格への攻撃だと受け取る人が少なくありません。

特に、日ごろから議論をする習慣がほぼない日本人は、その傾向が強いと言われています。

そのような傾向が、多くの人に、正論や論理的な言論で人の心を少しでも傷つける行為が、業務上の適正な範囲か否かを問わず、すべてハラスメントだと認識されることにつながっています。

2. セクハラ基準との混同

ハラスメントが問題視され、注意喚起が会社やマスコミを通じて行われるようになったときに、ことさら強調されたのが、「相手が嫌だと思ったらすべてハラスメント」というセクハラの基準です。

当時はセンセーショナルだった最も厳格なこの基準が独り歩きし、すべてのハラスメントが「相手が不快だと感じたら即NG」だという誤解が世の中に広まってしまいました。

その結果、ロジハラもその基準が「相手が不快だと感じたら即NG」だと誤解され、「相手の受け取り方次第でなんでもかんでもハラスメントになってしまう」などという批判がされるようになったのです。

まとめ:加害者に加担しないために

ロジハラが、社会通念上、問題なく過ごしている人たちの言動をむやみに制限するものではなく、あくまで理不尽なハラスメントにあっている人たちを助けるための考え方であることはお伝えしてきたとおりです。

我々が、理不尽な目にあっているロジハラ被害者のためにできることはなんでしょうか。

ロジハラの加害者たちは、その論理的な正しさを主張し、自身のハラスメントを正当化してきます。

そんな中、誤った認識でロジハラという言葉、考え方を批判することは、本当のロジハラにあっている人たちを救うチャンスを逃すことにつながってしまいます。

加害者側に加担することにならないように、ロジハラという言葉、考え方と正しく付き合っていくことが必要だと言えるでしょう。

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