働くなら大企業と中小企業のどちらがよい? 鶏口牛後の嘘と本当

会議をするビジネスパーソンたち

就職、転職活動において、多くの人は、名の知れた大企業を目指す傾向にあります。

それは、経営の安定性への期待もさることながら、自分の人生を左右する就職、転職という局面において、名前を聞いたこともないような会社に人生を預けることへの不安からも、理解できる行動だと言えます。

一方で、「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」という古代中国の故事が由来の言葉があります。この言葉は、小さなニワトリのクチバシ(=小さな集団の先端、指導者)でいた方が、大きな牛のお尻(=大きな集団の末端、下っ端)でいるよりもよいということを意味しています。

もとは戦争時に、大国に従うか、小国だとしてもプライドを持って君主として行動すべきかを判断する際に述べられた言葉ですが、現代のビジネスシーンにおいては、大企業ではなく、中小企業で働くことの正当性、メリットを主張する際によく使われています。

はたして、鶏口牛後は現代のビジネスシーンにおいて妥当性のある言葉なのでしょうか。今回は、その実際のところを考えていきたいと思います。

目次

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中小企業のメリット

まず、中小企業のメリットについて見ていきたいと思います。会社によって当然差はありますが、傾向として大きく以下の3つにまとめることができます。

  1. 出世がしやすい
  2. 裁量権を得やすい
  3. スピードが速い

それぞれについて、詳しくご説明します。

1. 出世がしやすい

大企業は、中小企業よりも年功序列の傾向が強く、先輩社員の人数も多いため、いくら実力があろうと出世するためにはある程度の順番待ちを覚悟する必要があります。

一方で、中小企業は、大企業に比べれば、若いうちから実力で出世をしやすい傾向にあります。

実際に、筆者が勤めていた中規模の会社では、実力次第で20代、30代で課長になれましたが、その後勤めた大きな会社では、40代以上でなければ課長になることはなく、その昇進もほぼ実力とは関係がありませんでした。

ただし、中小企業が出世しやすいと言っても、出世をするには当然それ相応の実力が必要となります。出世に見合う実力がなければ、中小企業であっても下っ端に甘んじ続けることに変わりありません。

「鶏口牛後」は、小さな集団でトップになれるだけの実力があるという前提があってこそ、言える言葉だと思っておいた方がよいでしょう。

2. 裁量権を得やすい

大企業は、各部署、各人員の役割や、その裁量の範囲があらかじめ定められている傾向にあります。

一方で、中小企業は、ビジネスのあり方が完全に固まり切っていない部分があり、大企業に比べれば、自ら手を挙げることで、希望する裁量を得やすい傾向にあります。

そのため、中小企業は、早いうちから「責任者として案件を進めた」というキャリアを獲得するのに向いていると言えます。

ただ、裁量を得るということは、同時に責任を負うことを意味します。自らのキャパシティ以上の負担を背負い、心身の健康を害さないように気をつける必要があります。

3. スピードが速い

大企業は、何をやるにも時間がかかります。予算の申請から決裁、大きな案件では経営会議への付託も必要となり、計画から開始までに半年から数年かかることもめずらしくありません。

その点、中小企業は現場と経営層との距離が近く、案件の開始に必要な経営判断のスピードは大企業の比ではありません。逆を言えば、大企業に規模が劣る以上、スピードで勝らねば、市場における競争で勝ちようがないのです。

中小企業できちんと案件をこなしていけば、職務経歴書に記載できる成功体験の数は、大企業のそれと比べて豊かなものとすることができるでしょう。

大企業のメリット

次に、大企業のメリットについて見ていきたいと思います。会社によって当然差はありますが、傾向として大きく以下の3つにまとめることができます。

  1. 経営が安定している
  2. 生涯賃金が高い
  3. 予算を多く使える

それぞれについて、詳しくご説明します。

1. 経営が安定している

大企業の多くが、ビジネスにおける何かしらの勝ちパターンを確立しています。多少のことで経営が傾くことはありません。

自分が案件で失敗しようと、会社としては痛くも痒くもないと言えるでしょう。安心して失敗ができるというのは、ありがたいことです。

ただし、昨今はデジタル化の急速な進展など、ビジネス環境の変化が著しく、世界情勢も不安定なものとなっています。大企業に勤めていても、“絶対”はないということは肝に銘じておかなければなりません。

2. 生涯賃金が高い

給与額という点においては、大企業も中小企業も、若いうちの月収の比較では、あまり差を感じないかもしれません。

しかし、昇給の額にはそれなりの差があり、企業規模ごとの年齢を問わない月収額の平均値は以下のようになっています。

大企業 中企業 小企業
男性 37.7万円 33.2万円 30.2万円
女性 26.6万円 25.3万円 23.3万円
(出典:厚生労働省『令和2年賃金構造基本統計調査の概況』)

さらに、退職金の額に注目すると、大企業が完全な形では数千万円も支給されることがある一方で、企業の規模が小さくなると、そもそも退職金の制度がないことすらあります。

生涯賃金として考えると、企業の規模によって相当な差が生まれてしまうのが現実だと言えるでしょう。

なお、上記の表では、常用労働者1,000人以上を「大企業」、100~999人を「中企業」、10~99人を「小企業」と定義しています。

3. 予算を多く使える

大企業は、その事業の規模の大きさに応じて、現場の人間が案件を動かすのに使うことができる予算の規模も大きくなる傾向にあります。

そのため、前述のようにスピード感はないものの、大きな規模の案件に携わる機会には恵まれるでしょう。

大企業と中小企業はどちらがよい?

ここまで、大企業と中小企業のそれぞれのメリットをお伝えしてきましたが、単純な優劣で語れないことがおわかりかと思います。

結局は、自分が仕事に何を求めているのか、自分自身のキャリア形成において何が必要なのか、自分がどの程度実力のある人材なのかによって、大企業と中小企業のどちらに勤めるのが適切なのかは変わってきます。

また、例えば、若いうちは、中小企業でスピード感を持って、責任者として小さくてもたくさんの成功体験を積み、ベテランになった後は、大企業でじっくりと大きな案件に挑み、生涯賃金をしっかり確保していくなどといった、年齢とキャリアによって、それぞれの特徴をうまく利用していくことも視野に入れる必要があります。

もちろん、大企業か中小企業の特徴のどちらかが、自身の働き方にピタリと合っていれば、一生その会社で勤めあげても問題はないでしょう。

ここからは、大企業と中小企業のそれぞれに向いている人について、お話していければと思います。

中小企業が向いている人

以下のような人は、中小企業が向いていると言えるでしょう。

  • 数多くの成功体験を早く積みたい
  • 自分の実力で早く出世したい
  • 若いうちに経営に関わっていきたい

ただし、中小企業では、役員クラスにでもならないかぎりは、大企業で長年勤めあげたのと同じ水準の生涯賃金を得るのは難しいことには注意が必要です。

転職をする際に、自身の専門スキルを重宝してもらうために、人材が手薄そうな中小企業を選んだ方が活躍できるのではないかという意見もたまに聞きますが、筆者の経験上、大企業も特定の専門分野のチーム組成が遅れていることはめずらしくありません。

そのため、それだけが理由であれば、会社の規模ではなく、それぞれの会社の内情をきちんと確認した上で、人材が手薄な会社を選ぶことをお勧めします。

大企業が向いている人

以下のような人は、大企業が向いていると言えるでしょう。

  • 大きな規模の案件に携わりたい
  • 出世はできなくてもいいから安定した生活基盤を築きたい
  • 他者に秀でた実力があるわけではない

ただし、大企業は採用人数が多いとは言え、入社するには相当な競争率を勝ち抜かなければならないことは、肝に銘じておかなければなりません。向き不向きに関係なく、中小企業に勤めることになるのは、仕方がないことだと言えます。

なお、アットホームな会社かどうかなど、職場の雰囲気は、会社の規模ではなく、それぞれの会社の社風に寄ります。求職者としては、選考過程などでしっかりと社風も見極めておきたいところです。

鶏口牛後の嘘と本当

鶏口牛後は、つまるところ、古代中国の大国である秦と、小国である韓の間における限定的なお話です。現代のビジネスシーンにそのまま適用できるようなものではありません。

あくまで、実力のある人材が、中小企業を自らの意思で選ぶ際の理由として、都合がよかっただけの例え話であることは認識しておく必要があります。

そもそも、歴史的には大国である秦が最終的に勝利し、中国初の天下統一を成し遂げました。鶏口牛後という例え話で説得され、小国同士の同盟という選択肢を選んだ韓は早々に滅亡してしまいました。

見方によっては、大国の中でそれなりの地位を築いていた方が幸せだった可能性も否めません。