『ジョジョの奇妙な冒険』は、荒木飛呂彦氏により『週刊少年ジャンプ』上で1986年から連載が開始され、今なお多くのコアなファンを持つ人気マンガです。
作品を未読の方は、以下をご参照いただき、ご興味のある方はぜひお読みください。
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その第4部である「ダイヤモンドは砕けない」に登場する吉良吉影氏は、長い作品の中でも屈指の人気を誇る悪役です。その人気の理由の一つが、社会生活に疲れた人々の心に響く、彼の人生観や仕事観でしょう。
今回は、そんな吉良吉影氏の人生観、仕事観をご紹介しつつ、彼が目指した「平穏な生活」を、我々も実現できるのか考えていきたいと思います。
吉良吉影氏のプロフィール
吉良吉影氏は、33歳独身でカメユーデパートの杜王町支店に勤務する会社員です。
初対面の学生に、突然、詳細な自己紹介をはじめるなど、個性的な人格がうかがえます。
自宅は、杜王町北東部の別荘地帯にある一軒家です。「祖父の代で落ちぶれてね 残ったのは今住んでる家だけさ」との発言もあるため、持ち家だと思われます。
作中で描かれたその邸宅は、かなりの敷地面積があることが見てとれ、一人暮らしでの掃除と固定資産税の支払いが心配されます。
なお、杜王町とは、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する架空の町で、作者の荒木飛呂彦氏の故郷である宮城県仙台市がモデルとなっています。
吉良吉影氏の「サガ」
吉良吉影氏の人生観、仕事観を語る上で欠かせないのが、そのサガ(性)です。
吉良吉影氏は、人を殺さずにはいられないサガを持っており、今までに48人の女性を殺害したと発言しています。
その犯行の目的は、犯行時に、自分の殺人者としての本性をさらけ出しながら、被害者女性と会話することと、犯行後に、女性の手の部位のみを持ち帰り、ともに生活することです。
作中では、とても楽しそうに、ときに激昂しながら被害者と会話をし、幸せそうに女性の手の部位にほおずりする様子が描かれています。プロフィールの趣味の欄には記載しない方がよい趣味かもしれません。
吉良吉影氏の人生観
そんな吉良吉影氏の人生観は、彼の以下の言葉に表れています。
わたしは常に「心の平穏」を願って生きてる人間ということを説明しているのだよ…… 「勝ち負け」にこだわったり 頭をかかえるような「トラブル」とか 夜もねむれないといった「敵」をつくらない……というのが わたしの社会に対する姿勢であり それが自分の幸福だということを知っている……
激しい「喜び」はいらない… そのかわり深い「絶望」もない……… 「植物」のような人生を… そんな「平穏な生活」こそわたしの目標だったのに………
しかし、吉良吉影氏には「平穏な生活」とは真逆の、「人を殺さずにはいられないサガ」があります。
この相反する目標とサガを前に、簡単にあきらめたり、後ろ向きにならないところが、吉良吉影氏の人気につながっています。相反する目標とサガを両立させるために、吉良吉影氏はどこまでも前向きです。
彼はまず、己のサガという変えられない悪条件を真正面から受け止め、受け入れています。そして、その変えることのできない悪条件をスタート地点として、悲観することなく自分の幸福をまっすぐに追い求め、実現のために努力を惜しまず、できることはなんでもやります。これはなかなかできることではありません。
作中では、自身の犯行が露見し、顔面の形が変わるほど殴られようと、手首を切り落とすことになろうと、決してあきらめることなく、事態の解決に邁進する様子が描かれています。
普通であれば、変えられもしない現状にうじうじと思い悩み、その先に進むことはなかなかできません。この「現実を受け入れ、その上で前に進もうとする姿勢」は、誰もが参考にすべきものでしょう。殺人はいけません。
吉良吉影氏の仕事観
吉良吉影氏の人生観は、当然のことながら仕事の姿勢にも表れています。
作中での本人の発言や、突然、吉良吉影氏のことを詳しく語り出す職場の同僚から得られる情報などからわかる吉良吉影氏の働き方や仕事観は以下のとおりです。
本人の発言
- 毎日遅くとも夜8時までには帰宅する
- そんなに出世したかったのか…気苦労の方が多いのに
職場の同僚による印象
- 付き合いが悪い
- 仕事はまじめにそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男
- なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしているため女性社員にはもてる
- 会社からは配達とか使いっ走りばかりさせられてる
- これといって特徴のない……影のうすい男
扉絵のプロフィールの性格欄
- 誰に対しても物腰柔らかな態度で 警戒心を与えない そして高い知能と才能を持っているにもかかわらず自分の能力以下の職務につき 他の社員はどんどん出世していくのに 彼はそんな事はどうでもよいと考えている 目立たず 平穏な人生を送るのが彼の願い
また、マンガ内で最も頼りになる男である空条承太郎氏が、これらの記述に見られる吉良吉影氏の仕事観を以下のように要約してくれています。
会社でも目立たない… しかし落ちこぼれでもない 仕事はそつなくこなす 他人からはネタまれず バカにされず こいつは自分の長所や短所を人前に出さない男なんだ… もちろんワザとだ… 「高い知能と能力を隠す」……… それが最もトラブルに出くわさないことだと知っている………
会社で、仕事ができなかったり、手を抜いていれば、上司や先輩には責められ、部下や後輩にはバカにされてしまいます。一方で、才能を発揮したり、懸命に努力することで、出世の道に進めば、待っているのは際限のない競争、イスの取り合いです。
どちらに進もうが、心が休まる暇はありません。実際に、多くの社会人が、これらのストレスに日々苦しめられていることでしょう。
吉良吉影氏の、落ちこぼれることなく、かと言って出世を目指すわけでもない、ストレスのない平穏な日々をただただ追求する働き方は、会社でのストレスに疲れた人たちにとっては、あこがれ以外のなにものでもないのではないでしょうか。
我々は吉良吉影氏の働き方を真似できるのか
それでは、我々は吉良吉影氏の働き方を参考にして、終わることのない会社でのストレス地獄から抜け出すことはできるのでしょうか。
吉良吉影氏の働き方を完全に再現するためには、目立って仕事ができるわけでもできないわけでもない印象を周りに与え続ける、絶妙なバランスコントロールが必要となります。常人とは異なる高い知能と能力を持っているからこそ可能な芸当だと言えるでしょう。
作中では、あらゆる分野のコンクールで、意図的に3位を獲得し続けた吉良吉影氏の人生がうかがい知れます。これはあらゆる分野で一位を取り続けるよりも難しいことだと言えるでしょう。
ですが、完全に再現はできなくとも、その姿勢を参考にして、日々の生き方を多少なりとも修正することは可能です。特に以下の内容は、吉良吉影氏の人生観、仕事観から学びとることができる部分でしょう。
- 自分のマイナス部分を認め、受け入れる
- どんなときも前向きで、幸福に対して貪欲でいる
- 出世もストレスの原因となり得ると知る
- 良くも悪くも目立つことはトラブルの元になり得ると知る
- 誰に対しても良い印象を与える態度と物腰が己の平穏にもつながると心得る
これらのことを意識して生きていくだけでもだいぶ違うのではないでしょうか。
しかし、これらのことを心がけて生きる上で、大きな障害となるのが、人間の持つプライド、功名心、承認欲求です。
「出世したい」、「認められたい」、「目立ちたい」、「他者に勝ちたい」、そんな気持ちが人を終わることのない競争やトラブルに引きずり込みます。そこには激しい「喜び」が一時的にはあるのかもしれませんが、すぐそばには深い「絶望」も待っていることでしょう。
そういう起伏に富んだ人生こそ人間らしいのかもしれません。プライド、功名心、承認欲求を捨てた、「植物」のような平坦な人生はつまらないのかもしれません。それでも、このストレスだらけの社会で、吉良吉影氏のように「心の平穏」を願って生きるのは、悪いことではないと思います。殺人はいけません。
ジョジョの奇妙な冒険(第4部) ダイヤモンドは砕けない 文庫版 18-29巻セット