サイコパスは経営者に向いているという俗説があります。
その代表的な例としてよく挙げられるのは、世界的企業であるアップルや、映画界に革命をもたらしたピクサーの創立者であるスティーブ・ジョブズです。その人柄を表す数々のエピソードから、サイコパスであると言われることが多いスティーブ・ジョブズですが、人は彼の何をもってサイコパスだと言うのでしょうか。
そもそも、サイコパスとはどのような人を指すのでしょうか。そして、なぜ、サイコパスが経営者に向いていると言われるのでしょうか。
今回は、サイコパスの定義と、その性質のビジネスシーンにおけるメリットとデメリットをご紹介します。
サイコパスとは何なのか
今回、サイコパスの定義やそのメリットとデメリットを考えるにあたり、以下の書籍を参考にさせていただきました。
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この書籍の名前にもあるとおり、サイコパスとは、一言で言うと「良心を持たない人」のことです。
精神医学の専門家の多くは、「良心を持たない」、このような症状のことを「反社会性人格障害」と呼んでいます。広く一般的には、「社会病質(ソシオパシー)」や「精神病質(サイコパシー)」などの名称も使われています。
アメリカ精神医学会発行の『精神疾患の分類と診断の手引』第四版では、「反社会性人格障害」の臨床診断として、以下の7つの特徴のうち、3つ以上に該当することをその条件としています。
- 社会的規範に順応できない
- 人をだます、操作する
- 衝動的である、計画性がない
- カッとしやすい、攻撃的である
- 自分や他人の身の安全をまったく考えない
- 一貫した無責任さ
- 他の人を傷つけたり虐待したり、ものを盗んだりしたあとで、良心の呵責を感じない
しかし、この定義はあくまでもサイコパスの犯罪性に着目した特徴であり、犯罪に手を染めることのないサイコパスも含めた、サイコパス全体に共通した特徴として、以下のようなものを付け加える研究者や臨床家もいます。
- 口が達者であり、表面的な魅力、カリスマ性を持っている
- 刺激に対する欲求が強く、人を惑わせて引きずり込む
- 愛情の底が浅く、長続きせず、ぞっとするほどの冷たさを感じさせる
このような特徴を持つ、「良心を持たない人」であるサイコパスが、アメリカではおよそ4%、25人に1人の割合で存在していると言われています。
その存在の割合は、文化的背景と結びついている可能性が高いと言われており、東アジアの国々、特に中国や日本ではかなり低い割合となっています。台湾における調査では、0.03%から0.14%という結果が出ています。
欧米の個人主義的な文化と、東アジアの集団主義的な文化の差異が影響していると見られています。
サイコパスはなぜ経営者に向いていると言われるのか
それでは、そのような特徴を持つサイコパスが、なぜ経営者に向いていると言われるのでしょうか。
結論から言うと、成功する経営者に必要な資質と、たまたま方向性が同じ特徴を持っていたサイコパスが成功しているだけで、すべてのサイコパスが経営者に向いているわけではありません。
しかし、その「たまたま方向性が同じ特徴」が、常人には真似することができない突き抜け方で発揮されるために、一部のサイコパスが経営者として大きく成功を収めるに至っています。
ここからは、経営者向きのサイコパスが持つその特徴について見ていきたいと思います。
経営者はときに「多くの人を巻き込む必要がある」
経営者はときに、自らの事業に多くの人を巻き込む必要があります。
特に、新しい事業を始めるときなどは、数多くの優秀な人材の協力を取り付けることが必要となります。
しかし、そのような成功するかどうかわからない事業に人はなかなか協力してくれません。優秀な人材であればなおさらです。
その点、経営者向きのサイコパスは、口が達者で、表面的な魅力、カリスマ性を持っており、自分や他人の身の安全をまったく考えることもなく、人をだまし、操作することに一切の躊躇がありません。言葉巧みに、自身の事業を実態の何倍も魅力的なものとして語り、必要な協力を容易に取り付けるでしょう。
人は、他人を自分を同じだと勘違いする性質があります。誰もが良心を持っているはずであり、平気な顔をして嘘をつき、人をだますことなどないという前提で生きています。そのため、躊躇なく平気で嘘をつく相手には、よほど警戒していないかぎり、簡単にだまされてしまいます。
経営者はときに「リスクの大きな決断をせまられる」
経営者はときに、経営を左右するほどのリスクの大きな決断をせまられることがあります。
普通であれば、自分や従業員のことを考えてしまい、なかなか決断に踏み切れないことでしょう。
その点、経営者向きのサイコパスは、そもそも刺激に対する欲求が強く、リスクをとることが大好きで、自分や他人の身の安全を考えることもまったくありません。圧倒的な決断力を保有しています。
そして、もしその決断が失敗に終わったとしても、その自分の決断に責任を一切感じることがないため、気持ちを切り替える必要もなく、すぐに巻き返しのための新たなチャレンジに乗り出すことができます。
経営者はときに「会社のために情を捨てる必要がある」
経営者はときに、会社のために情を捨てる必要があります。
会社の経営が厳しくなった際には、人員の削減、リストラに踏み切らなければならないこともあるでしょう。会社を守るために、かつての仲間を裏切る必要にかられる場面もあるかもしれません。
その点、経営者向きのサイコパスは、どのような行為に対しても良心の呵責がまったくなく、自分の行動が社会、友人、家族、子どもにおよぼす影響を完全に無視できます。ここでも、圧倒的な決断力を見せつけることでしょう。
経営者はときに「ルールを逸脱する必要がある」
経営者はときに、既存の社会のルールを逸脱する必要があります。
ビジネスにおいては、法律に触れるぎりぎりの領域を攻めたり、倫理的な観点で非難を浴びるような領域を攻めたりすることで、今までにない大きな利益を得られることはめずらしくありません。
今や、既存の市場のほとんどが競合ひしめくレッドオーシャンです。ブルーオーシャンは自らの手で切り開く必要があると言っても過言ではありません。
その点、経営者向きのサイコパスは、社会的規範、ルール、法律から逸脱することに躊躇がありません。自分のためになるなら、不法行為も迷わず実行に移します。その貪欲さは、普通のリーダーではとうてい真似できないでしょう。
サイコパスにできないことはない
サイコパスは、自分のためなら何でもできてしまう、無敵の人です。
情にしばられず、ルールにしばられず、罪悪感や良心の呵責がまったくないために、できないことは何もありません。
なお、よく誤解されていますが、彼らには善悪の区別はついています。善悪の区別がついている上で、行動に制限がないのです。自分のためになれば、善悪にかかわらず実行に移し、自分のためにならなければ、善悪にかかわらず実行に移さないだけなのです。
成功したサイコパスは最後まで成功者でいられるか
そのように、ときに圧倒的な能力を見せつけ、経営者として成功したサイコパスは、はたして最後まで成功者のままでいることができるのでしょうか。
残念ながら、それは難しいと言わざるをえません。
会社が安定するとサイコパス経営者は邪魔になる
会社の成長期や、会社が危機に陥っているときには、サイコパス経営者の決断力とリーダーシップはとても頼もしいものでしょう。
しかし、会社が、市場において一定の地位を築き、事業を安定させるべきフェーズに入ると、途端にサイコパス経営者は邪魔な存在となります。
サイコパス経営者は、愛情などで心を満たすことができず、慢性的に退屈しているため、常に刺激を求め、リスクのある大きな事業展開を取りたがります。また、人の心の動きを理解する能力が欠けているため、会社として安定した組織構築を目指そうとしている中においては、人間関係のトラブルを起こし、孤立してしまいがちです。
会社が安定するとともに、排除されてしまうサイコパス経営者はめずらしくありません。
経営者はサイコパスになるべきなのか
ここまで、経営者としての、サイコパスの特徴のメリットとデメリットをご紹介してきました。
私たちは、その特徴のメリット側だけを、日々の経営に生かすことはできるのでしょうか。
その「リスクを恐れない決断力」、「情を捨てた決断力」を意識して経営に生かすことはできるでしょう。しかし、良心の呵責を完全に消し去ることはできませんし、消し去るべきではありません。
「良心を持たない人」になるということは、そのままサイコパスの特徴のデメリットをも享受することにつながってしまいます。
経営者に大切なのは、バランス感覚です。参考にできる部分は素直に参考にしつつ、その負の側面にも目を向け、必要に応じて使い分ける柔軟さこそが求められます。
良心をもたない人たち (草思社文庫)