残業が多い社員はがんばっているのか、効率が悪い無能なのか – 残業の考え方

価値観は、時代とともに変わっていくものです。中でも、残業に対する価値観は、昭和から平成にかけて大きく変わったものの一つでしょう。

そして、今まで正しいとされてきたことが、急に過ちとされる中で、その変化についていけない人たちが大勢取り残されています。

今回は、現在の残業の正しい考え方と、昔の価値観から抜け出せない人たちの考え方をご紹介し、価値観の相違による会社内での軋轢への対処法を考えていきたいと思います。

残業は善から悪へ

かつて、残業が多い社員は、他の社員よりも長い時間がんばっているというよい評価を受ける風潮がありました。しかし、今は逆に、残業を少なくすることが奨励され、業務を効率化し、定時内に終わらせることが評価の対象となってきています。

この働き方改革とも呼ばれる流れは、健康的に働きたいという社員側のニーズと、残業代を抑制したいという企業側のニーズと、政府による法整備によって急激に進められてきました。

会社への奉仕、貢献として礼賛されてきた過度な残業やサービス残業は、今や違法行為として社会的な悪となったのです。

一方で、人の意識や価値観はすぐには変わりません。いまだに過度な残業とサービス残業を礼賛し、他の社員にその価値観を押し付けようとする人たちがいます。

残業が善だった理由、残業のメリット

かつて、残業が善であったのには、以下の理由がありました。

  • 戦前から続く、根性論、精神論が重んじられる風潮が残っていた
  • 終身雇用による会社の一体感が強く、同調圧力が正当化されていた
  • 仕事に傾倒することで家庭に居場所がいなくなるスパイラルに陥った
  • 法的な規制がないに等しい状態だった

根性論や精神論が重んじられる社会においては、数値に基づく個々の社員の生産性や成績よりも、いかに周りからがんばっているように見えるかの印象が重視される傾向にあります。その見せ方において、他の社員よりも遅くまで仕事をしているという行為は、非常にわかりやすく、効果的なものでした。

そして、一部の社員が遅くまで残ってがんばっているという姿が評価される環境は、他の社員も同じようにがんばらないといけないという圧力としてのしかかってきます。会社の一体感を重視する環境においては、この同調圧力が正当化され、疑問をはさむ余地を与えてくれません。

残業が増え、会社にいる時間が多くなると、家庭において、夫、妻、父親、母親としての役割を果たす時間が減っていきます。徐々に家庭に居場所がなくなっていき、相対的に会社の方が居心地がよくなっていく悪循環に陥ります。やることがないのにも関わらず残業をする社員を生み出し、彼らは同調圧力により、他の社員にも残業を強制していきます。こうして、生産性を伴わない残業体質の組織ができあがります。

この状態を是正する法的な拘束力もない時代でした。

残業のメリットを挙げるとすれば、少しでも仕事が前に進むということと、仕事を覚えるのが早くなるということです。しかし、それは、家庭内における夫、妻、父親、母親としての時間を削り、その役割を失わせ、まだ家庭を築いていない人間にとっては、家庭を築く機会を失わせるデメリットと背中合わせであり、純粋にメリットと呼んでいいのかは疑問が残るところです。

残業が悪になった理由、残業のデメリット

そのような残業が悪となったのは、以下の理由によるものです。

  • 法的な整備が進み、過度な残業やサービス残業が規制されるようになった
  • 法的な整備が進み、企業側が正しく残業代を支払う必要が出てきた
  • 終身雇用制が崩壊し、社員が会社よりも個人の利益を重視するようになった
  • 終身雇用制が崩壊し、社員がより条件のよい会社への転職を考えるようになった

法的な整備が進んだことで、過度な残業やサービス残業は違法行為として摘発されるようになりました。また、働いた残業時間分の残業代を支払うことも義務付けられ、企業側は残業という行為に、ようやくコスト意識を向けることになりました。

また、会社を自分の一部として考えさせ、会社への奉仕や貢献の気持ちの土台となっていた終身雇用制が崩壊し、会社への奉仕や貢献よりも、自分自身の利益を重視する風潮へと変わりました。今の会社が働きにくければ、転職をすることも当たり前となり、企業側は優秀な社員を引き留め、獲得するために、より働きやすい環境を整えようと、過度な残業がない環境を用意しようとしています。

社会全体に過度な残業が蔓延すると、人々の余暇時間は少なくなり、消費は減少し、経済の停滞につながるでしょう。さらに、家庭を築く出会いの機会は減り、愛を育む余裕はなくなり、少子化が進み、経済は崩壊していくでしょう。結局のところ、過度な残業は、個々人の健康を損なうだけではなく、最終的には企業の首をしめるのです。

いまだに残業を善だと考える人の頭の中

そのような風潮の中でも、残業を礼賛し、他の社員にもその考えを押し付けようとする社員が大勢います。なぜ、彼らは考え方を変えることができないのでしょうか。

それは、以下の4つのいずれかのことが、彼らの頭の中で展開されているからに他なりません。

頭の柔軟性が失われ、新しい価値観が受け入れられない

人は、年を経るごとに、新しい価値観を受け入れるのが難しくなっていってしまう生き物です。

今まで正しかったことはいつまでも正しいと考え方を固定化してしまう人は、年配の方を中心に多く存在しています。

逆境の中でもがんばる自分に陶酔している

周りが批判的な中、自分はそれでもがんばっているという逆境のシチュエーションに酔ってしまう人も一定数います。

残業を否定する人たちは、がんばる自分を否定する敵であり、悪だと決めつけてしまうこの状態になってしまうと、周りの声は届かなくなってしまうでしょう。

自分が行ってきた苦労を他者が行わずに済むのが許せない

残業がよくないことだと自覚しているのに、他者に強要する人もいます。

自分が行ってきた苦労を、他者が行わずに済むのが許せないという嫉妬がもととなった強要です。感情がもとになったこの行動に対しては、論理的な話が通じにくいのが現実です。

労働過多による脳内麻薬分泌の中毒になっている

過度な残業を行い、労働過多になっている人間は、自分の心と体を守るために、脳内麻薬を多く分泌しています。この脳内麻薬により、仕事への達成感や幸福感に包まれていることも少なくありません。

そのすばらしい体験、気持ちを共有したくて、それらしい理屈をつけて、残業を礼賛する人たちも存在しています。

これら4つのパターンに共通していることは、“論理的な話は通用しない”ということです。

残業を善だと考える上司への対処法

もし、そのような“論理的な話は通用しない”人が自分の上司で、法律に違反する残業を強要してきた場合、どうしたらよいのでしょうか。

話が通じない以上、双方が納得できる解決は難しいと言わざるを得ません。話し合いという個人同士による解決ではなく、法律や会社のルールに則した、組織による解決を目指しましょう。

まず、会社自体がまともである場合は、残業を強要する上司のさらに上司へ告発するか、内部通報制度を利用して、会社に告発しましょう。まともな会社であるならば、きちんと強制力のある指導をするか、処分をしてくれます。

会社がきちんと指導、処分をしてくれない、そもそも会社自体が違法な残業を礼賛している場合は、転職を検討しましょう。今の時代、法律を守り、コンプライアンスを意識する会社はたくさんあります。一度しかないあなたの人生です、何を大切にして生きるか、きちんと考えて生きていきましょう。